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have a nice day

無題

 高校卒業後実家が引っ越して、身の回りに友人がいない。そのおかげで日々コミュニケーションをとる相手が両親のみと非常に限定されている。だからこそ、誰かとコミュニケーションをとること、取れる事自体がありがたい。

 浪人生の頃と同じで、人間は他人がいないと生きてけないなと、改めて感じる日々を送っている。

 コミュニケーションを取るといっても、聞くこと専門で、自分のことを話すなんて皆無。それでも、十分に楽しい。こんなことがあって、こう思った。とか、職場の人間関係が・・・。とか、あの頃はあーだこーだ。とか、いろいろと。

 一番最初に起こる承認欲求って、「存在の肯定」なんじゃなかろうか?
それが、会話であれ、目配せであれ、なんであれ達成されることが、俺の場合そもそも非常に少ない。

 だからこそ、それ以上高次の承認欲求が起こらない、起こりにくいのかもしれないな。

 なんて思って、Wikipedia承認欲求の頁自己実現理論の頁を見てると、どうも意味を取り違えていたらしいことに気づく。

 そもそも、「承認欲求」より下位の「所属と愛の欲求」なるものが欠乏している様子。今の自分は、動物としての安全は確保しているが、それ以上の欲求は何も実現できていないという状態なんだな。